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大阪地方裁判所 昭和54年(わ)800号 判決

本籍

大阪市城東区中浜三丁目六七番地

住居

同市東住吉区中野三丁目八番一二号

医師

森本譲

昭和八年一二月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官藤村輝子出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金三、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪市東住吉区中野三丁目八番一二号において森本病院を経営している医師であるが、自己の所得税を免れようと企て、同病院事務長浅田俊勝と共謀のうえ、

第一  昭和五〇年分の所得金額が六八、〇五八、二九四円で、これに対する所得税額が二七、九二四、〇〇〇円であつたにもかかわらず、架空人件費及び水増人件費を計上するなどし、これによつて得た資金を他人名義の定期預金にするなどの行為により、右所得の一部を秘匿したうえ、昭和五一年三月一二日、大阪市平野区平野西二丁目二番二号所在の東住吉税務署において、同税務署長に対し、昭和五〇年分の所得金額が二六、二〇三、〇六九円で、これに対する所得税額が一、三四六、六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の所得税二六、五七七、四〇〇円を免れ

第二  昭和五一年分の所得金額が九四、四八三、四八二円で、これに対する所得税額が四五、六〇一、三〇〇円であつたにもかかわらず、前同様の行為により、右所得の一部を秘匿したうえ、昭和五二年三月一四日、前記東住吉税務署において、同税務署長に対し、昭和五一年分の所得金額が四八、四三〇、六三七円で、これに対する所得税額が一三、三五七、九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の所得税三二、二四三、四〇〇円を免れ

第三  昭和五二年分の所得金額が一〇八、〇五四、三三一円で、これに対する所得税額が五三、五八二、七〇〇円であつたにもかかわらず、前同様の行為により、右所得の一部を秘匿したうえ、昭和五三年三月一三日、前記東住吉税務署において、同税務署長に対し、昭和五二年分の所得金額が五八、八八二、二五五円で、これに対する所得税額が一八、〇五四、一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の所得税三五、五二八、六〇〇円を免れ

たものである。(各事業所得の内容及び税額の計算は別紙(一)ないし(四)のとおりである。)

(証拠の標目)

一、被告人の検察官(七通)及び収税官吏(三通)に対する各供述調書

一、東住吉税務署長作成の所得税確定申告書謄本三通

一、収税官吏作成の査察官調査書類四通及び査察官調査書二通

一、浅田俊勝の検察官に対する供述調書八通(昭和五四年二月五日付以外の分)及び同人に対する収税官吏の質問てん末書二通

一、山本隆(二通)、浅田清子、山本裕子、宮城一美、森本照子、森本アイ子、家田久美子、笠松栄蔵、山口千枝子、大森国雄、宮城邦栄(二通)、中村徹、成山多喜男の検察官に対する各供述調書

一、森岡和子、立尾満、大脇啓子、牛山智江子、木村百枝、山田ヒロ子、岡力枝の検察事務官に対する各供述調書

一、澁谷トモヨ、栢木梅を、後藤照子、薗田溶子、森本妙子、柏谷洋子、岡島幹雄、前田貞邦、朝倉保、濱中良郎、浅野勝政に対する収税官吏の各質問てん末書

一、検察事務官作成の「証拠の写の作成について(報告)」と題する書面

一、平岡周三(六通)、由本典男作成の各確認書

一、押収してある給与台帳綴二綴(昭和五五年押一号の一及び八)、昭和五〇年分、同五一年分、同五二年分各所得税源泉徴収簿等綴計三綴(前同号の二、六、九)

(法令の適用)

被告人の判示各所為はそれぞれ所得税法二三八条、刑法六〇条に該当するところ、いずれも所定の懲役及び罰金を併科し、かつ、罰金については免れた所得税の額に相当する金額以下で処断することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、罰金刑については同法四八条二項により右各金額の合算額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金三、〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときの労役場留置につき同法一八条を、右懲役刑の執行猶予につき同法二五条一項を各適用して主文二、三項のとおりこれを定める。

(弁護人の主張ならびに事業所得の金額確定の経緯について)

一、過納源泉所得税額の逋脱所得税額からの減額の主張について

弁護人は、被告人が給与または賞与の架空もしくは水増計上により納付ないし過剰納付した源泉所得税額は、これを逋脱所得税額から減額すべきであると主張するけれども、右の源泉所得税は被告人が自己の不正行為を隠ぺいするため本来納付すべからざるものを納付したものであり、弁護人が主張するように被告人が自己の所得税を納付したのと同様にみることはとうていできず、かつ、別途被告人に還付さるべきものであるから、弁護人の右主張は採用し難い。

二、事務長及び事務課長の給与の水増について

弁護人は、事務長浅田俊勝及び事務課長山本崇司の給与につき検察官主張のような水増計上はしておらないと主張する。

しかしながら、関係証拠によると、右両名の昭和四七年一〇月以降の公表上の給与額は、同人らが事務長あるいは事務課長として病院経営上重要な職務に従事し、かつ、被告人の身内として厚遇されていたことを考慮にいれても、なお著しく高額に過ぎ、右時期以降の昇給率も他の従業員に比し不自然に高くなつていること、右両名に対する公表支給額から実際支給額等を差引いた残額を預け入れた両名名義の定期預金の証書、積立預金の通帳及びその印鑑は被告人が自宅二階寝室の金庫に入れて保管していたこと、右両名は現に右預金にかかる金員をなんら自己のために使用せず、一部は中途から被告人の妻森本照子名義の預金に切り替えており、とくに、山本は自己名義の預金についてもまつたく関与していなかつたことの各事実が認められるところ、これらの事実に収税官吏の被告人に対する昭和五三年一〇月二五日付質問てん末書、被告人の検察官に対する昭和五四年二月四日付供述調書、山本隆の検察官に対する同年同月二日付供述調書の各供述内容ならびに関係証拠によつて認められる被告人及び右浅田、山本の水増計上についての供述の変遷の経緯を総合すると、被告人が本件各犯則年分において浅田、山本の給与につき脱税目的で検察官主張のような水増計上をしたことは、十分肯認することができる。

三、医師の賞与、給与の水増額等について

弁護人は、医師宮城邦栄に対する昭和五〇年七月一〇日、同五一年七月一〇日、同年一二月一〇日、同五二年七月一〇日、同年一二月一〇日各支給の賞与、医師大森国雄に対する昭和五一年一二月一〇日支給の賞与、医師成山多喜男、同中村徹に対する昭和五二年一二月一〇日支給の各賞与、ならびに医師宮城邦栄に対する昭和五二年八月ないし一二月分給与の各水増計上に関し、経費性を否認すべき水増額を算定する際、正当税額たる源泉所得税額は、検察官主張のようないわゆる一度ぶりの方式ではなく、手取額から税込支給額を逆算して源泉所得税額を計算するいわゆる逆算方式によつて計算すべきであると主張する。

そこで検討するに、右各医師の検察官に対する供述調書等関係証拠によれば、被告人と右各医師との間では、賞与及び給与につき、その支払額が税引手取額で定められていたものと認めるのが相当である。被告人の病院の医師に対する給与台帳や源泉徴収簿には、いわゆる一度ぶりの計算方式(手取額に対する源泉所得税額を税手当として支給するとともに、同額を源泉所得税の一部として納付し、税手当分に対しては源泉所得税を納付しない方式)によるものが見られるけれども、それは一部の医師の給与についてのみであり、しかも、同病院内部の経理の処理方式に過ぎなかつたものと認められ、浅田俊勝の検察官に対する昭和五四年二月五日付供述調書の内容も結局は同趣旨のことを述べたものと考えられる。

そして、賞与、給与等の支払額が税引手取額で定められている場合には、税込支給額(総支給額)から同額に税率を乗じた額(源泉所得税額)を差引いたものが手取額となるような税込支給額ないし源泉所得税額を右手取額から逆算して定めるのが相当と考えられるから(所得税基本通達181~223共-4参照)、右各医師の右各賞与及び給与の税込支給額ないし源泉所得税額は弁護人の主張するいわゆる逆算方式によつて計算すべく、その結果は次のとおりである。

公訴事実 医師名 賞与、給与の別 支給時期(昭和年月日) 手取額(円) 税率(%) 税込支給額 同上増加額(水増額の減少額)(円)

検察官主張額(円) 認定額(円)

第一  宮城邦栄 賞与 50.7.10 一〇〇万 32 一三二万 一、四七〇、五八八 一五〇、五八八

第二  同右 同右 51.7.10 同右 同右 同右 同右 同右

同右 同右 51.12.10 同右 同右 同右 同右 同右

大森国雄 同右 同右 同右 26 一二六万 一、三五一、三五一 九一、三五一

第三  宮城邦栄 同右 52.7.10 同右 35 一三五万 一、五三八、四六一 一八八、四六一

宮城邦栄 賞与 52.12.10 一〇〇万 38 一三〇万 一、六一二、九〇三 三一二、九〇三

成山多喜男 同右 同右 同右 22 一二二万 一、二八二、〇五一 六二、〇五一

中村徹 同右 同右 同右 35 一三五万 一、五三八、四六一 一八八、四六一

宮城邦栄 給与 52.8.~12月 各月二五万 法別表第四乙欄 一、五六九、〇〇〇 一、八三〇、〇〇〇 二六一、〇〇〇

右により医師に対する賞与及び税込支給額は昭和五〇年分において一五〇、五八八円、同五一年分において三九二、五二七円、同五二年分において一、〇一二、八七六円それぞれ検察官の主張額より増加し(水増額は同額だけ減少)、従つて、検察官の修正損益計算書中、給料賃金の差引修正金額及び当期増減金額が右と同額だけ増減する。

なお、訴因においては、架空ないし水増計上にかかる給与、賞与について納付した社会保険料を雑費として認めた分があるので、それとの均衡上、次の各賞与について納付した社会保険料も雑費として認め減算した。

公訴事実第一 宮城邦栄に対する昭和五〇年七月一〇日支給の賞与について納付した一〇、〇〇〇円

同人に対する同年一二月一〇日支給の賞与について納付した五、〇〇〇円

公訴事実第二 宮城邦栄に対する昭和五一年七月一〇日支給の賞与について納付した一〇、〇〇〇円

同人及び大森国雄に対する同年一二月一〇日支給の各賞与について納付した各一五、〇〇〇円

公訴事実第三 宮城邦栄に対する昭和五二年七月一〇日支給の賞与について納付した一七、五〇〇円

成山多喜男及び中村徹に対する同年一二月一〇日支給の各賞与について納付した各一〇、〇〇〇円

右により検察官の修正損益計算書(冒頭陳述補充書により訂正された後のもの)中、雑費の差引修正金額及び当期増減金額は昭和五〇年分において一五、〇〇〇円、昭和五一年分において四〇、〇〇〇円、昭和五二年分において三七、五〇〇円それぞれ増加する。

四、青色申告承認取消益について

弁護人は、青色申告の承認取消によるいわゆる取消益を遡つて犯則所得額に算入するのは違法であると主張する。

しかしながら、最高裁判所昭和四九年九月二〇日判決(刑集二八巻六号二九一頁)は、「法人税を免れる目的で、現金売上の一部除外、簿外預金の蓄積、簿外利息の取得及び棚卸除外などによりその帳簿書類に取引の一部を隠ぺいし又は仮装して記載するなどして、所得を過少に申告する逋脱行為は、青色申告承認の制度とは根本的に相容れないものであるから、ある事業年度の法人税額について逋脱行為をする以上、当該事業年度の確定申告にあたり右承認を受けたものとしての税法上の特典を享受する余地はないのであり、しかも逋脱行為の結果として後に青色申告の承認を取り消されるであろうことは行為時において当然認識できることなのである」として右の点を積極に解しており、当裁判所もまた右の見解を正当と考えるので、弁護人の主張は採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 青木暢茂)

別紙(一)

修正損益計算書

自 昭和50年1月1日

至 昭和50年12月31日

(事業所得)

No.

〈省略〉

〈省略〉

別紙(二)

修正損益計算書

自 昭和51年1月1日

至 昭和51年12月31日

(事業所得)

No.

〈省略〉

〈省略〉

別紙(三)

修正損益計算書

自 昭和52年1月1日

至 昭和52年12月31日

(事業所得)

No.

〈省略〉

〈省略〉

別紙(四)

税額計算書

〈省略〉

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